臨床心理学特論 025 クライエント中心療法 ロジャーズの生立ち
■ 臨床心理学特論 025 クライエント中心療法 ロジャーズの生立ち ■
▼ 1: ロジャーズの生い立ち
※ロジャーズにとってクライエント中心療法(あるいはその考えや理論体系)は、自分が最も必要としたものであると私は思う。
▼ 2: 1914年-
ロジャーズ家は大農園に引越し、都会生活の誘惑から遠ざかる。両親共に17世紀大西洋に渡り、300年以上にわたって新しい国家の発展に力を尽くしてきた家系の出。
1902年-
1月8日、カール・ロジャーズ誕生。6人兄弟の4番目。兄弟の5人が男の子。家族については、強い絆で結ばれていたが厳格な宗教的倫理的雰囲気に満ちていた、と語っている。
ロジャーズは愛されていたが、家の基本仮説は神に選ばれたものとしてふさわしく振る舞わなければならない、というものであり、アルコールどころか、劇場に行ったり、カード遊びも禁止されていた。
高校時代に2回しかデート出来なかったことは、とても後悔していると。
ロジャーズは、家族の伝統に従い、ウィシコンシン大学の科学農業分野に進学。ここで初めて家族以外の同世代の若者たちと親密な関係をもち、新しい世界が開けていく。そして、この知的エネルギーと情緒的エネルギーの高まりは、キリスト教への献身を導き出す。そんな中、ロジャーズは中国北京で開かれる世界学生キリスト教会議のアメリカ代表の1人に選出される。
この半年にもわたる旅は、ロジャーズの知的・スピリチュアルな成長において大きな分岐点となる。
1922年-
10月9日に婚約。
ロジャーズは「恍惚とするほど幸せだった」と述べている。
両者とも両親の反対を踏み切っての結婚であった。そしてロジャーズは、当時最もリベラルなことで知られていたニューヨークのユニオン神大学に入学。
1年生の時、20分以上も説教することに、何か気の進まないものを感じる。2年になるとますます神学に落ち着いて取り組むことが出来なくなり、近くにあったコロンビア大学の講義を聴講し始める。そこで臨床心理学に出会い、コロンビア大学教育学部の正規学生となる。
この年、初めての子どもディビッドが誕生する。ロジャーズ夫妻はワトソン流の行動主義に従ってこの子を育てようとしたが、子育てが上手にいったのは、妻が良き母だったからとロジャーズは言っている。
▼ 3: 1926年-
ロジャーズは、コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジ大学院在学中ニューヨーク市児童相談所の研修員になる。当時ティーチャーズ・カレッジは、測定・統計重視のソーンダイク全盛にも関わらず、児童相談所は感情・人格力動重視の折衷的フロイト派だったため悩む。しかし、ロジャーズは両方から学べるものを学んでいく。
1928年-
ニューヨーク州ロチェスター児童虐待防止協会児童部勤務。ロジャーズは処遇面接の効果的方法を模索し、オットー・ランクの治療理論に好意を示す。オットー・ランクの治療理論とは、現在の治療関係の中で患者の洞察と自己受容に焦点を当て、患者の積極的な意思の支持者となろうとする理論。
その後、フィラデルフィアグループ(ジェーシー・タフト、フレデリック・アレンなど)のクライエントの能力に信頼をおく立場に多くの影響を受ける。
この時ロジャーズは、
1.フロイトの無意識については高く評価したが、後継者達が理論をドグマ化したり、治療者を権威的位置におくことに批判的
2.行動主義が人間を対象化(もの化)しエリート支配の理論を背景にもっていることに批判的
当時の諸権威者の理論は現実を理解するのに合わないと感じる。さらに数年後には、クライエントの行動を解釈することは、臨床的にあまり有効ではないと考えるようになった。
ある家庭内暴力を起こす少年の母子面接において、問題の原因をどれだけ説明しても洞察が進まないのにも関わらず、母親と本格的にカウンセリングをすることにより少年の問題が解決していくことを経験する。
その結果、「どの方向に行くべきか、何に傷つきどんな問題があり、どんな経験が隠されているかを知っているのはクライエントだけである」と学んだという。
▼ 4: 1940年-
「カウンセリングと心理療法における新旧両見地」発表。
個人が自己理解を深め、本人自身が主体性を持って自己選択する新しい立場としてノンディレクティブ・アプローチ(非支持的アプローチ)を公表。これが事実上のクライエント中心療法のはじまりである。その後、この見解は「非指示」と「指示」の論争となる。
1951年-
「ノンディレクティブ・アプローチ」という言葉は、“技法“として受け取られやすいとして「クライエント中心療法」と公唱。「クライエント中心」と称することにより、クライエントの自己成長力に対する全面的信頼の態度が基本哲学であると明言する。
※「クライエント中心療法」という言葉は1942年に登場していたが、このように意識して使用されてはいない。この時の「クライエント中心療法」は”感情の反射“、”感情の明瞭化“など技法重視とされやすい面を有したもの。
1957年-
「心理療法によるパーソナリティ変化をもたらす必要にして十分な条件」により明確化。
心理療法による人格の変化・成長は、技法によってというよりは治療者とクライエントの間に起こる基本的なある種の関係の質によって起こるものとする。
つまり、3つの態度条件をクライエントが認知するときに起こるとした。
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コメント
もっと知りたい
投稿: 御所園健一 | 2010.02.17 15:29
よろしくお願いします。
投稿: 御所園健一 | 2010.02.17 15:31