第1章 心理学史 003 内観心理学と構成主義
そろそろ、一般に言われる心理学。
■ 1 ヴントの心理学
ヴントは生理学と哲学に通じており、厳密な研究方法を用いて心を対象とする科学を打ち立てる構想を抱いた(→1879年、ライプツィヒ大学に世界初の心理学実験室設立)。
※生理心理学綱要
※民族心理学(→今は無価値)
■ 2 目的・対象・方法
「意識」=「構成要素1」+「構成要素2」+「構成要素3」
「意識」を「構成要素」とされるものの存在を明らかにし、それらが統合されて意識となるメカニズムを明らかにしようとした。直接経験(主観)の意識内容が研究対象となり、自身の「内観」による分析的報告によって行われた。
ヴントは、意識を要素に分解し、それ以上分解できない最小の要素を内観によって網羅しようと試みた。心の要素として、「純粋感覚(客観的経験内容)」と「単純感情(主観的経験内容)」の2つあると考えた。
分解する。
■ 3 用語説明 まとめると・・・
※ヴント
ヴントは、実験心理学を築いたドイツの心理学者であり哲学者。始めは医学を修めだが、実験心理学を学んだことをきっかけに、生理学的心理学に興味が移った。
1879年に世界ではじめての「心理学実験室」開設したことで有名。科学的心理学はこのときにはじまったとされる。彼の許で学んだ各国の研究者は、自国に同様の研究室をもたらし、世界中に心理学研究を広めていった。
ヴントによれば心理学は直接経験の学問であり、直接経験は意識の事実であるから、心理学の目的は、複雑な意識過程を分析してその要素を抽出し、その要素間の結合を支配する法則を明らかにすることにあるとする。内観の分析によって心的要素を抽出し、その結合としての心的複合体を考えて「創造的総合の原理」を提唱した。ヴントの心理学が要素主義的な構成心理学、意識心理学といわれる所以である。
ヴントは内観法を用い、要素を構成することにより心を説明しようとする構成主義的立場をとった。従って内観法では観察できない無意識を扱ってはいない。
その後、次の3つの批判があった。
・意識内容について、フロイトから「無意識に着目すべきである」
・内観について、ワトソンから「客観的ではない」
・構成主義について、ゲシュタルト心理学から「こころは全体的である」
【私的に…】
ちなみに、ヴントは典型的なドイツ帝国の大学教授らしく、あくまでアカデミズムの窓を通してしか人間を見ず、自分の立場をあくまで守り、それに反する説を受けつけなかった。そのために、ヴントの心理学からは人間的な色とりどりとなまなましさが失われている。
■ 4 ティチナー(ドイツ→アメリカ)
ティチナーはアメリカに渡り、ヴントの考え(構成主義心理学)を広めようとしたがダメだった。アメリカでは、ジェームズやエンジェルによって展開された機能主義が優勢だった。
■ 5 ヴントへの批判↓と拡張↑(×■1)
分解できない。
■ 5-1 作用心理学(ブレンターノ)(×■1)
日常的場面での心的作用の解明に定め、現象学的な方法論を展開した。要素に還元できないような心的反応の方が大切だとした。
かわいいネコを見たとき、「かわいい!」という情動の(気持ち)方が大切であって、色は白で、毛は長くて・・・とかいう部分ではない。
「経験的立場からみた心理学」著。
弟子はシュトウンプ、マイノング、フッサールなど。
■ 5-2 記憶の実験的研究(エビングハウス)(←■1)←フェヒナーの影響
高次精神作用である記憶が、厳密な実験的方法で研究できることを示した(無意味綴り)。エビングハウスの忘却曲線はこのとき得られたもの。
他にゲッチンゲン大学のミューラーやヴュルツブルグ学派キュルペ(無心像思考=イメージが伴わない思考過程=計算など)らによって批判された。
非難ばかり。
ヴント心理学や内観の地位は徐々に低下していった。
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